都市ゲリラのこと
都市ゲリラは、1960年代にブラジルのカルロス・マリゲーラが提唱したもので、都市において軍隊と警察に間断なく小襲撃を加えることである。ゲリラはふだんは住民にまぎれ、住民に匿われて潜伏している。都市ゲリラは、活動の開始時こそ世間の耳目を集めたが、小規模で散発的なテロリズムを超えることはなかった。例外的に成長したのがウルグアイのトゥパマロスであったが、ウルグアイ政府が内戦状態を宣言するとこれも激しい弾圧を受けて頓挫し、いずれも名ほどの実を伴わない結果に終わった。先進国にも都市ゲリラを標榜し実行した組織は多いが、それだけで戦争の一類型というほどの規模になったものはない。
中国の便衣兵も一種の都市ゲリラであったが、日中戦争後半ではどちらかというと共産党軍の一兵科であるという性格が強くなっていった。
キプロス独立に際しては、ゲオルギオス・グリバス率いる、「エオカ」と呼ばれるギリシャへのキプロス併合をも求めるギリシャ人過激派が駐留英軍とその家族に対して攻撃を行ない、後にトルコ系住民や独立運動に関心を示さないギリシャ系住民をも標的とした。ゲリラ戦というよりテロリズムに近いこうした作戦そのものは成功したが、彼らの本来の目標であるギリシャ併合は達成されなかった。また、独立後、こうした行動がトルコ系住民の反発と怒りを買い、トルコ系住民独自の民兵組織が結成された。エオカの後身(「エオカB」と呼ばれる)とトルコ系民兵組織は激しく衝突し、1974年にはトルコの軍事介入とキプロス北部の占領によってトルコ系住民だけの国家「北キプロス・トルコ共和国」が建国され、キプロスは分断国家、という「副作用」に苦しめられる事になった。
国際法上の位置づけ
ゲリラ戦は、正規軍同士の戦争で劣勢が明白な側が、敗北を認めずに続行する延長戦として用いられることが多い。強国にとってゲリラ戦は弱い敵を屈服させにくくする障害でしかない。しかし弱者にとってゲリラ戦は侵略に対する有効な戦法であり、中にはゲリラ戦によって独立を勝ち取った国もある(インドネシア独立戦争など)。近代戦時国際法(国際人道法)の形成期には両者の対立があり、1874年のブリュッセル会議、1899年のハーグ会議で争われた。
この対立は、ゲリラ戦に従事した者が戦闘中、または非戦闘中に敵に捕らえられたときの捕虜待遇と直結するものである。ゲリラ戦否認はゲリラ兵を凶悪な殺人者として処刑して良いとする主張に道を開くが、ゲリラ戦を承認すればゲリラの戦闘参加が犯罪とみなされることはない。両者の妥協として生まれた諸条約は、基本的に後者の立場をとるが民間人保護のために制限を課した。
ハーグ陸戦条約は、責任を持つ長を持ち、遠方から認識できる徽章を付け、公然武器を携行し、戦争の法規と慣例を遵守する民兵・義勇兵は交戦者資格を持つと定めた(1条)。また、占領地の人民が敵の接近に際して軍を組織する暇なく公然武器を携行し、戦争の法規と慣例を遵守するときには、これもまた交戦者資格を持つとした(2条)。条件は、非戦闘員たる住民と戦闘員たるゲリラ兵を区別し、一般住民を装って接近してから突如武器を取り出して攻撃を加えるような背信を防ぐ意義を持つ。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
都市ゲリラについて、調べてみました。
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